大分地方裁判所 昭和28年(ワ)203号 判決
原告 工藤六郎
被告 堀川伊助 外一名
一、主 文
原告の本訴請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告等は原告が別府市大字鉄輪雷園から湧出する温泉について十口分すなわち十浴槽分(一浴槽分の容積は三尺角深さ一尺八寸程度でその温度は普通入浴に適するものとしその量は一昼夜二十五石とする)の権利を有することを確認すること。訴訟費用は被告の連帯負担とする。」
との判決を求め
その請求の原因として、訴外木戸正三から昭和十七年九月二十九日別府市大字鉄輪雷園から湧出する温泉について請求の趣旨の項記載のような三十六口分の権利の譲渡を受け更に昭和二十年二月四日同六口分の権利の譲渡を受けたがその後うち三十二口分を他に譲渡し現在その十口分の権利を有するものであるが、原告の有するかような温泉に関する権利は別府地方では温泉湧出の泉源地の土地所有権とは別個に独立して取引せられ、またその移動についても温泉利用者をもつて組織する組合に備付した温泉台帳への記載という一般物件の移動の公示とは異なる特別の公示方法が認められている慣習法上の物権であつて、広く一般の第三者に対抗できる対世的且つ排他的な権利であるところ、被告等もまた原告の有する右権利を潜称し、その権利が自己に属するものとして、これを行使し、原告の右権利の行使を妨害しているので被告に対し原告が請求の趣旨の項記載のような権利を有することの確認を求めると陳述した。<立証省略>
被告等訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の事実中原告がその主張のような権利を有するかどうかは知らない。その余の事実は否認すると答えた。<立証省略>
三、理 由
証人平松実の証言によつて真正に成立したと認める甲第七号証同第八号証及び弁論の全趣旨によつて真正に成立したと認める甲第一乃至第六号証、証人平松実同木戸正久同原口要三郎及び同後藤柳太郎の各証言を綜合するときは別府市大字鉄輪雷園(字向原二八九ノ三)から湧出する温泉につき、その温泉の湧出する鉱泉地の土地所有者であつた訴外木戸正三との契約によつて原告は昭和十七年九月二十九日同温泉の十口分すなわち十浴槽分一浴槽分の容積は三尺角深さ一尺八寸程度で温泉普通の入浴に適しその量は一昼夜二十五石程度-甲第一、同第二号証中二十五石限度という記載はこれを文字通り二十五石以下と解することはできない-)の権利-その権利の性質については後に判断する-を、昭和二十年二月四日同様六口分の権利をそれぞれ取得し合計四十二口の右権利を取得したがその後うち三十二口分を他に譲渡し現にその十口分の権利を有していることが認められ他にこの認定に反する証拠はない。
次に成立に争のない乙第十二号証乃至同第十六号証証人平松実同後藤作太郎同原口要三郎同木戸正久及び同豊浦敏治の各証言を綜合するときは、被告等もまた昭和二十六年十月二十七日前記訴外木戸正三との契約によつて本件温泉の湧出する鉱泉地一坪の所有権と共にその温泉に関する権利-その権利の性質についても後に判断する-を取得した事実が認められ而して証人平松実の証言によつて真正に成立したと認める甲第九号証の一及び二同証人、証人原口要三郎、同後藤柳太郎及び同岩本鷲夫の各証言を綜合するときは、被告等がその取得した右温泉に関する権利を行使することが原告の前記のような六口分の量の湧を引湯する妨げとなつている事実を認めることができこの認定を履すに足りる証拠はない。
しからばこのように被告等の権利行使に基いて原告が本件鉱泉地からの引湯を妨げられていることは被告等の原告の本件温泉に関する前記権利の侵害となるであろうか。この点の判断をするについては前記原被告の取得したそれぞれの権利についてその性格について考察しなければならない。
そもそも温泉に関する権利についてこれを規定した法規は現行の成文法上これを見出すことはできない。けだし温泉法は温泉を保護しその利用の適正を図ることをその目的とした法律であつて(同法第一条)いわゆる取締法規であり同法の各条項に照してもこれによつて温泉権という私権の存することを認めたもののあるのを見出すことができないしその他の現行成文法にも私権としての温泉権という権利の存することを認めた法規がないからである。而して民法第百七十五条によつて物権は法定せられ成文法の認める物権以外に慣習法上の物権を認めるかどうかは、法律上大いに疑問とされるところであるが物権たるの要件-例えば公示方法-を考慮しつつその要件を具備する限り慣習法の権利の特種のものについては、実際上物権と同様の効力が認められて来たことは、立木法の適用を受けない立木、譲渡担保及び流水利用関係等においてその例を見るところである。而して翻つて本件についてこれを見るに、証人石坂一馬同豊浦敏治同原良三同木戸正久及び同谷尻善一郎の各証言を綜合するときは原告が訴外木戸正三との契約によつて取得した本件温泉に関する権利はその温泉の湧出する鉱泉地の所有権とは別個の権利で独立に取引の対象となる財産権であることが認められるが原告と訴外木戸正三との間の前記の契約関係を証する書面である前記甲第一、及び同第二号証によつては原告がこの契約によつて取得した権利の本質は必ずしも明瞭ではない。けだし第一に右二通の書面は「温泉配給申込書」と題せられ共に本来原告が右訴外人宛に作成すべき書面である筈のものであるのに逆に同訴外人の妻木戸ソノ(証人木戸正久の証言参照)乃至訴外人の原告宛の書面となつている形式上の矛盾があるのみならず第二にその冒頭の「温泉ヲ………永久使用仕度」き旨記載及びその末尾の「(原告は訴外木戸正三の)温泉経営組織又ハ名義ノ変更アルトモ拙者ノ配給ヲ受クル事ニ変更ナク本約定通リセラルル場合ハ異議ナク承諾スルコト」との旨の記載すなわち原告の権利内容が変更しない場合に限つてその契約の相手方である訴外木戸正三の経営組織または他人によるその地位の承継を原告が承認すべくその権利の内容に変更がある場合には右訴外木戸正三の経営組織の変更またはその地位の承継はこれを承認する必要がない旨の記載からすれば原告の本件温泉に関する権利は永久的で且つ訴外木戸正三に対する対人的な権利以上の権利であるかのように解せられるけれども、同時に同書面には保証期間は二十年と記載せられ且つ前記のようにその書面の題名として記載されているところは「温泉配給申込書」であり、またその「温泉ノ配給ヲスル泉源」及び「配給スル温泉量」についての記載があるので、かような記載からすればこの書面によつて証明される原告の本件温泉に関する権利は、期限付且つ訴外木戸正三に対し温泉の湯の配給を請求できる同訴外人に対する対人的な権利のようにも解せられ甲第一、及び同第二号証はその記載自体の前後に矛盾があるからである。しかしながら証人木戸正久の「甲第一、二号証に永久使用仕度云々と記載してありますがこれも責任保証期間二十年を一応の目安に置きました」という供述及び「申込書の末尾に将来(木戸)正三の温泉経営組織または、名義の変更があつても受湯者に対し何等影響がないという趣旨のことも記載されてありますが私は鉱泉地の所有者が替つた時は新所有者に正三と受湯者の温泉配給契約の内容を申送るつもりでありましたし新所有者が右契約の内容を承諾しない場合の事など考えて居ませんでした」という供述その他証人石坂一馬同豊浦敏治の各証言及び前記甲第七及び同第八号証によつて認められる本件温泉に関して原告と訴外木戸正三との間の契約同様の内容の契約を同訴外人と締結していた者は原告の外にも数十人あつた事実を綜合して考えると、原告が訴外木戸正三との契約によつて取得した本件温泉に関する権利は同訴外人に対し二十年間一定量の温泉を原告に配給すべきことを請求することができる対人的な権利で、本件泉源地から湧出する温泉自体を直接且つ永久に支配することができる対世的な権利乃至その持分権的な権利であると解し難く、而してこの原告の権利の得喪が訴外木戸正三との契約によつて本件温泉を利用する者の組織した組合である雷園引湯温泉組合備付の温泉台帳に記入されていることは前記甲第七号証及び証人平松実の証言によつてこれを認めることができるけれども、このような温泉台帳への記入が原告の有する本件温泉に関する権利の得喪を公示する手段として別府地方の慣習上確立しているものと認めるに足りる証拠はない。これを要するに原告の本件温泉に関する権利はこれを永久的直接支配的な対世的権利とは認め難く訴外木戸正三に対する対人的な温泉配給請求権と解すべきものであり且つ排他的な権利の要件として必要な公示方法にも欠けるところがあるものといわなければならない。
これに反し成立に争のない乙第十三号証乃至同第十六号証証人石坂一馬及び同豊浦敏治(後記措信しない部分を除く)を綜合するときは、被告等が訴外木戸正三との前記契約に基いて取得した本件温泉に関する権利は泉源地から湧出する温泉を直接支配する対物的な権利であつてその権利の得喪の公示手段としては温泉の湧出する鉱泉地の土地一坪の所有権の得喪を不動産登記簿に記入することによつて公示の手段を講ずることができる(証人豊浦敏治の証言中昭和二十四年大分県訓令第十二号温泉法施行手続第八号に基いて保健所に備付されている温泉台帳への記入がこの権利の公示方法として慣習上認められているという証言は遽に措信できないけれども)排他的な権利であることが認められ、この認定を覆すに足りる資料はない。
そうだとすれば、勿論対人的な権利であつても第三者が不法にこれを侵害することは許されないところであるが、その第三者が自己の対世的権利の行使によつて、その結果として、これと相両立しない他の対人的権利の行使が妨げられても、これに対しその対人的権利の権利者はその権利を主張して対世的権利の行使を止めるべきことを求めることはできないから、前記認定のように被告の本件温泉に関する対世的権利の行使によつて原告の本件温泉に関する権利の行使が妨げられたとしても、原告は被告に対して自己の権利を主張しその確認を求める理由がないものといわなければならない。そこで原告の被告に対して本件温泉に関する権利の確認を求める本訴請求はその理由なくこれを棄却すべきものとし訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のように判決する。
(裁判官 菅野啓蔵)